小生、自慢じゃないけど入院などいうものにはすこぶる縁遠い男である。
ましてや手術なんて高校時代の虫垂炎以来、考えたことも無かった。
ところが運命とは皮肉なもので、一瞬の油断が取り返しの付かない事態を招くことを思い知った。

5月の長良川清流ハーフマラソンに向けて走り込みに励んでいたのだが、昼間の練習コースを長良川右岸のサイクリングロードと決めている。
墨俣城を中間点に、片道6キロ往復12キロの道程だ。
風邪の強い日は、一段下のコンクリート上を走る。
この時期、草が刈り取られていて快適に走れるが、一部に葛(クズ)のツルがはびこり、刈り残されたところがある。
普段はここを避けるか、スピードを落とし細心の注意を払いながら通り過ぎるわけだが、慣れというのは恐ろしい。
右足首にツルが絡まった。

年に一度はコケルこともあるが、たいていは回転レシーブよろしく受身を使うことで、擦り傷ぐらいで済んでいた。
ところが今回は絡んだツルが足首から離れず、前方に回転することができなくて、結果、右膝をまともに打ち付けてしまった。
瞬間、グチッ!というイヤな音と、経験のない違和感に襲われた。
膝に目を落とすと、皮膚を通して明瞭な変形が見て取れる。
膝蓋骨が上下真っ二つに離断し、3センチほど離れている。

これからの成り行きの全てを悟った。
膝が少しでも曲がると、離断した膝蓋骨の変異が増し、気力も萎えるほどの激痛が襲う。
仕方なく、徒手で位置を整復し膝を「ガクン」とまっすぐに伸ばすこと3回。
ようやく堤防上に這いずり上がった。

強大な大腿四頭筋の伝達を失った膝はブラブラ。
立ち上がることさえできない。
呆然と辺りを見渡すことしばし…、これぞまさに地獄に仏か天の助け!
川上から一人の年配男性がゆっくりとジョギングしてくるではないか。
呼び止めて事情を説明し、救急車の要請を懇願する。
幸い、携帯電話を持っていてくれた。

救急車到着までの十数分間の長さは今も忘れない。
見る見る膝は腫れ上がり、すでに内部の様子も窺い知れない。
一見して事態を理解した救急隊員のテキパキした処置のなんと心強いことか。
サイレンのピーポーサウンドが、優しく逞しく我が身に滲みる。

1460510720057 14605107545291460510906718ほどなく羽島市民病院の救急外来に運ばれ、一通りの検査の後、自動的に入院となる。
イメージした通りのレ線画像だが、これほどパッカリと割れるタイプは珍しいとのこと。
スクリューでの内固定術と決まった。

腰椎麻酔下での手術だが、麻酔注射針の刺入時にも局所麻酔が施され、大きな痛みは感じない。
ほどなくして下半身の感覚が無くなった。
執刀医の用語は完璧に理解できる。
したがって、どのように進行しているかが手に取るようだ。
二時間程度のOPであったが、ドリルや器械の使用音を聴きながら、終盤 不思議に眠気に襲われた。
それほどに安心して任せられる医師の手際は、ゆるぎない自信に溢れていた。

1460510650574 1460510659641 1460510677586病室に戻され、日付が変わる頃、ギプス固定された足の感覚が戻るにつれ痛みも感じ始めた。
それは時を経るごとに際限なく激しさを増し、想定を遥かに超えるものとなった。
額に脂汗が滲む。
深夜三時、巡回の看護師にたまらず打ち明ける。
大袈裟で根性無しの男とバカにされる覚悟であったが、
「なぜもっと早く言ってくれなかったんですか!?」
思いもかけない言葉にホットしながら、鎮痛剤の注射を受けた。

この責め苦が、我が人生にとっていかなる意味を持つのか?
起こる物事に偶然はない!全ては必然の結果だと良く言うではないか。
ならばじっと耐えるしかあるまい。
重ねた罪の贖罪なら、それもまた必然なのだろう。
などと思いを巡らす内に、注射の効果は絶大で、緊張の糸が切れたようにいつしか眠りについていた。

1460510788809 1460510803738 1460510841885 1460510875553翌日には尿道カテが抜かれ、二日間の抗生剤点滴が始まった。
時間毎に鎮痛剤を服用しているせいか、耐え難いほどの痛みはない。
早くもリハビリのスケジュールが提示される。
ベッドの乗り降り、歩行訓練、階段の昇降、シャワー、トイレの使い方まで、一通りの実習と膝関節の拘縮を防ぐための屈伸方法…。
術後二日で、重く硬いギプスは外され、松葉杖と装具よる起立歩行が可能となった。

瞬く間に一週間が過ぎ、半ばごり押しにも似た形で退院を勝ち取った。
奇しくも今日は誕生日!
十分な休肝日は確保した。
誕生祝と退院祝い、Wの祝杯を挙げよう。
シャバの空気のなんと旨いことか。

人生において出会うすべての出来事、そしてすべての人々。
何一つ無駄で無意味なものはない。
出会わなければ良かった人もいない。
それをどう価値あるものにしていくかが人間の器を造っていく。
人は一人では生きられない。
沢山の人に支えられて生かされている。
その意味が心底腑に落ちて感じ取れた。

1460525261282 1460525269272この骨折の治癒過程では、一月半で強度が出始め、三ヶ月で本来の強度に戻るそうだ。
こうなってしまったものは仕方ない。
焦らず慌てず、少しずつ歩行訓練から始めよう。
5月中旬からはダンス教室にも通えそうだ。
そして7月になればジョギングから本格的ランニングに。
11月の揖斐川マラソンには、ハーフくらいなら間に合うかもしれない。
歳相応の分別は大切だが、常なる挑戦を忘れずにいたい!