この家を建てて二十数年になるが、一度もツバメが巣をかけたことがなかった。
何年か前から、時折2階の軒下を飛び回っては営巣の場を物色する素振りはみせていたものの、知らぬ間にどこぞに飛び去ってしまうのが常であった。

ところが今年は違った。
それも鉄筋コンクリート製の1階、まさに病院入口の脇に設置してある外壁燈に巣をかけたのだ。

知り合いからは糞で床が汚されるからと撤去の提案もあったが、考えてもみてよ、家は獣医だよ!
すべての命に尊厳を…、を標榜している身で、そんな酷いことができるはずもない。
むしろ子供の頃に聞いた話を思い出した。

当時は、民家の大屋根の軒下にスズメバチがひと抱えもある大きな蜂の巣をかけることは珍しくなかった。
今でこそ危険視されてたちどころに駆除されてしまうものだが、田舎の連中はおおらかというか、自らの生活を自然循環の一部として捉えていたように思う。
そこでよく言われたのが、蜂が巣をかける家は、火事や災害に合わない…。
蜂が巣をかける場所の高低で、台風が来るとか来ないとか…。
もう一つが、ツバメの営巣だ。
ツバメが巣をかける家は、立地もその住人の人柄も含め、平和で安全な家だという理解だ。
不思議にそういった動物が巣を造る家はだいたい決まっていて、そうでない家からはある種羨望の眼でみられたものだ。
「今年もツバメが巣造りを始めたよ…」、「そりゃあ良かったなあ」なんて話が挨拶代わりに通用していたように思う。

今は四羽のヒナが競って大きな口を開け、元気に餌をねだって鳴いている。
半月もすると巣立つと聞いた。

この季節、テラスにチェアーとテーブルを設えて、暗くなるまでのひと時を過ごすのを、殊のほか贅沢な楽しみにしているのだが、
その小生の周りをけたたましく泣き散らして、威嚇の旋回飛行を繰り返す姿に、思わず遠慮して隅っこに避難する。
人様から見れば変なオジサンにしか見えないだろう。

上手くいくと、もう一度子育てに挑戦してくれるかもしれない。
そして来年もまた、わが家を目指して帰って来て欲しいものだ。
南の国の便りを乗せて。